父入院顛末
2009.11.14 Saturday 02:11
さの
放っておいても脳髄液がはけないので、手術をすることに。
脳髄液の量が多ければ意識が下がるし、少なければ脳脊髄液減少症だし、
人間の体は絶妙なバランスなんだなーと思いました。
急性期の病院のため、容体が落ち着いたらリハビリ病院への転院を示唆されていたものの、
現状それどころではないというのが家族・医者の共通認識。
2月下旬
シャント手術完了。会話できた━(゚∀゚)━!!
…けど噛み合わない。自分の名前も名乗れない…。
人が誰かはわかるみたいだけど…。
認知症診断だと、かなり高得点(´;ω;`)
意識は戻ったのに、これじゃあどうすればいいのか…。
3月
治療に伴って小さい脳梗塞ができたため、嚥下障害になった。
入院以来、鼻からの経管栄養だったものの、自分で管を抜いてしまうので
胃ろう増設を提案される。
※手がずっと拘束されていたため、指が曲がらなくなってしまった。
3月中旬
胃ろう増設。手術の跡が痛むらしく「いたいよー」と言っている。
この日を境に意識がはっきりしてきた。痛みのおかげ?
まだ経管栄養。自力歩行不能。トイレも無理。
寝返りはだんだんと可能に。
リハビリ病院の見学へ。第一希望は順番待ちだったので、第二希望の病院へ転院することに。
4/1
リハビリ病院へ転院。
急性期の病院でこれだけ長くいた患者も珍しく、すっかり古株になってました。
お医者さんも看護士さんも父のことを「お若いので」と言うのに違和感を
感じていましたが、なるほど納得父よりもぐっと年上の人が多い。
これは治ってもらわねば…。
後で聞いたところ、転院前の記憶は全くないとのこと。
とりあえずは自力歩行と、拘縮した関節の復活が重要。
リハビリは日曜以外みっちりと。
5月
GWに数時間帰宅。犬が父のことを忘れてる・・・Σ(゚Д゚,,)ヒドイ
まだ一人でトイレも難しいし、足もおぼつかない。ごはんも流動食。
少しずつ、嚥下のテストを繰り返し、固形物を増やしていく。
父はまだ自由に飲食できないので、どんなに喉が渇いても病室では自重。
からあげとか、天丼とか食べ物の要望はお見舞いのたびに受ける…。
下旬ごろから、固形物が食べられるようになる。
ごはんおいしーね(・v・)
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